「自然主義入門: 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー」:植原亮

 

自然主義入門: 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー
 

 

少し前につくった第5章までのメモ。

 

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第1章;自然主義の輪郭

 

自然主義心身二元論を否定し、「心」を自然として捉える→「自然主義では人間についてこのような「非例外主義」の方針を採用する。」(p11)

・人間の心の捉え方の2つの潮流→
①ロック的な経験主義、タブラ・ラサである人間の心は経験によって形作られていく
ライプニッツ的な生得説、「経験によって知識が形成されるというのは、本当は経験からの学習というよりも、心に生まれつき備わっていたそうした要素がいわば経験を契機にして活性化することである」(p18)

 


第2章;道徳と言語のネイティヴィズム

 

「道徳判断」→「道徳的なよしあしという観点から下される判断や評価」(p33)
「道徳価値観」→「個々の場面に応じて道徳判断を生み出すような能力」(p34)

・道徳判断の特徴
「第一に、道徳判断には、人や行為に対する特有の感情を伴う」(p36)
→肯定的な感謝や尊敬、否定的な怒りや嫌悪感
「第二に、道徳判断には、極めて素早く、ほとんど自動的にくだされうる」(p37)
→直感的、熟慮せず

チョムスキーによる言語生得説→人間は普遍文法を生得的に身につけているというきわめて自然主義的なスタンス

・「普遍道徳文法」→「言語獲得の場合と同じく、〜一定数の原理から構成され〜原理に含まれるパラメーターの値は、最初は未設定だが、道徳に関係した刺激を環境から受けとることで徐々に設定されていく。」(p52)
→この説には様々な異論反論があるが、「人間の道徳を特別なものとして神秘化することなく、この世界の中で生じる自然現象の一種として理解しようと務めている」(p56)という点においては議論の活性化に貢献している

 


第3章;味わう道徳、学ぶ道徳

 

「感情主義」→「怒りや嫌悪感、もしくは感謝や尊敬〜そうした感情は、道徳判断にとって不可欠」(p59)とする立場

感情主義:感情が道徳判断の中心
↕︎(対立的)
道徳文法学派:感情を道徳判断から派生的に生じる

道徳生得説(ジョナサン・ハイトの議論)
「モジュール」→認知科学における概念、脳神経のネットワークによって実現される機能(特定の部位に位置する神経による機能ではない)

・人間の進化過程での様々な課題に対応すべく身につけてきた生得的モジュール(蛇に強い恐怖を感じる等々)、「そうしたモジュールが協働することで構成されるのが
道徳的価値観の生得的基盤、すなわちハイトのいう「道徳基盤」である」(pp69-70)

・「六種類の生得的な道徳基盤が時代や地域や文化や個人的経験による調整を受けながら発達していき、それに伴ってそこから下される道徳判断にも多様性が観察されるようになる」(p74)

道徳経験主義(プリンツチャーチランド、ステレルニーの議論)
「基礎的感情や汎用学習メカニズムの働きから道徳的価値観の発達をとらえようとする。そのさい、多くの集団に共通する問題への対処方法の収斂進化や社会的実践の社会的・文化的学習」(p85)によって普遍性を持った道徳判断の基礎が経験的に形づくられる。

 


第4章;生得的な心は科学する

 

発達心理学による知見を取り入れた生得説→幼児の頃から既に観察される(幼児的な)本質主義、物理学、心理学的な思考、これらを経験によって獲得されたとすることは困難であり、生得的だと言える

・それらの思考が、実際の学問や科学の諸分野の初期段階として確かに機能していることから、「人間は現に営まれているような科学を営むべく生まれついている」(p93)かのようである

・カントは、経験を可能にする抽象的な概念(時間、空間、因果等々)が生得的であることで、「経験主義の限界の克服と科学の起源についての説明というふたつの課題を同時に果たそう」(p97)とした

・さらに帰納法(個別の事例から一般的な法則を見出す)は、「帰納がうまくいかなければ、有限回の観察(個別事例)から、科学の目指す一般的・理論的な知識へと達することができなくなってしまう」ゆえに生得的であり、「このことは同時に、知識の起源を経験のみに求める経験主義の限界をも示しているのではないだろうか」(p103)

「モジュール集合体仮説」→人間が、生物学的進化や文化・文明の発展過程で獲得していった心の機能(モジュール)が集まって心がつくられているとする仮説
→現代において「最も極端な形態の生得説として、進化心理学と結びついた」(p116)仮説として提唱されている

 


第5章 経験主義の逆襲

 

・「現代の生得説はなかなか強力で、その優位は簡単には揺るがないように思われる」(p117)中、経験主義からどういった応答があるのかを見ていく

・「モジュール集合体仮説に対する批判」:数百万年単位で人間を取り巻く環境を見ると、不安定な氷河期が大分を占める気候変動、移住による生活環境の変化、集住化による分業制といった変動の激しさから、「どんな領域についても経験を通じて学習が行えるように心をデザインしておく方がずっとよい。〜そうした汎用学習メカニズムが進化の過程で祖先の心に与えられた」(p121)と考える方が妥当であろう

・「発達心理学に対する批判」:人間は乳幼児の頃から豊富な知覚刺激を受け取っており、「知覚能力と汎用学習メカニズムさえあれば、幼児でも心理学的本質主義に十分に到達しうるのであって、それ専用の生得的基盤は必要ない」(p125)

・「抽象概念(数や論理)の生得性に対する批判」:まだ試論に留まっているものの、プリンツによれば、生得的数が無くても乳児期に知覚の量の多加を区別できることや、生得的論理が無くても現実世界に対応させる検証スキルがあれば確かめることができる、と言われている。

・「言語生得説に対する批判」:人工知能における深層学習(ディープラーニング)こそが経験主義が主張する汎用学習メカニズムの現代的モデル
→膨大ながらも有限な学習経験を反復する「統計的学習」(p136)こそが言語の習得を可能にする
→「ハサミやイスのように特定の機能をもった人工物が環境内に置かれていればその使い方を徐々に学んでいく」(p141)のと同様、言語も人工物の一種と捉える
→「言語人工物説」が経験主義にとって重要となる