2018年9月に読んだ本

 

 

 

奥のほそ道

奥のほそ道

 

 

誰かを/何かを評価をしたり善悪を決めるためには、自分とは無関係の「対象」でなければ難しい。もしその「対象」と距離が近づけば、そうした価値付けは暴力的に見え意味を失う。

本書で貫かれているのは人に「寄り添う」ことである。

誰かの行動も思惑もセリフでさえも、差別化されることなくその人に寄り添いながら淡々と綴られている。

時の流れとともに環境は変わり、仲間が変わり、時代が変わる。無常の世界に生きる人々の傍らで、後世の人が当てはめた「評価」や「善悪」を取り払って人生が、物語が、ただ語られていくのである。

 

好きな一節を引用する。

数十年の時が経つだろう。記憶にとどめることが重要だと考える人々によって線路の一部から草が刈り払われ、それはやがて幹のない根のように奇怪に蘇るだろう―観光地、聖地、国の史跡として。

線路は、すべての線路がいつかは壊されるように壊された。すべてが水泡に帰し、なにひとつ残らなかった。人々は意味と希望を求めたが、過去の記録は泥にまみれた混沌の物語だけだ。

涯もなく埋もれたその巨大な残骸、荒涼として彼方へと広がる密林。帝国の夢と死者の跡には、丈高い草が茂るばかりだった。(p309)

 

 

※追記

第五回日本翻訳大賞に個人的に推薦したときのコメントを追加しとこう

 

「美しい装丁に包まれた慎ましやかな文体は、どこまでもその時代を生きた人とその人生に寄り添いながら、後世の勝手気ままな解釈をそっと振りほどいてしまう。今を生きる私たちにとって最も近く、そして最も語られてきたであろう20世紀という時代を、「戦争の悲劇」というあまりに画一的な理解のもとに据えること、そんな想像力の極端な限定から逃れる方途を『奥のほそ道』は示してくれている。」

 

 

 『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』を概観しながら善と悪についてのカント哲学の見取り図をさっと見ることができる読みやすい一書。

 

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

 

 知能や犯罪傾向は遺伝なのか、経済格差はなぜ生まれるのか、見た目の差は人生にどう影響するのか、親の教育は無意味なのか。

こういった問題を考える時に陥りがちな、「薄々思っているけど言ってはいけないから抽象的な/諺のような言い回しで説明する」案件の数々を、実証された科学的知見を駆使して説明していく。その中には「薄々思っていたこと」通りのこともあればそうでないこともあれど、一般市民的常識から大きくズレていることには変わりない。

著者の主張は一般市民的常識、言い換えれば神話的に凝り固まった私たちの認識を是正しないことには、「人権」や「平等」といった理念の実現はまだまだ難しいというところにある。新書でこの内容が読めるのはとても良い反面、現実の社会を見るかぎり、その道のりはまだまだかかることだろう。

 

 

理性の起源: 賢すぎる、愚かすぎる、それが人間だ (河出ブックス 101)

理性の起源: 賢すぎる、愚かすぎる、それが人間だ (河出ブックス 101)

 

 人間の理性が進化生物学的にどのような過程を経て現状にいたったか。有名な心理・認識・論理テストを交えながら、各章コンパクトにまとめられていてとても読みやすい。

 

極限世界のいきものたち

極限世界のいきものたち

 

 生き物愛がたっぷり詰まった本書はどこから読んでも面白い。気になる生き物は写真をググりながら読んでました。

 

進化とは何か ドーキンス博士の特別講義

進化とは何か ドーキンス博士の特別講義

 

 平明な文で進化生物学の「考え方」が読める本。(露骨な宗教批判を除けば)中学生でも読める楽しさに満ちている。

 

先史学者プラトン 紀元前一万年―五千年の神話と考古学

先史学者プラトン 紀元前一万年―五千年の神話と考古学

 

 考古学的証拠が唯一の頼りとされてきた先史時代の解明に、神話や言い伝えを適用してはどうか?というのが本書の主たる主張である。その主張の有効性を示すために使われるテクストが、プラトンの「ティマイオス」である。

 

プラトンが語る神話的過去を、物的証拠や宗教的な痕跡と照らし合わせてみると思った以上の一致が見られる。これは曖昧な先史時代の認識に対する現状において、数少ない有力な仮説となるのではないだろうか。

 

この手法が洗練された将来の考古学は、多様な学問を相互参照する学際的な知が行きかう場となる可能性を秘めている、という点で非常に豊かな未来を感じる本である。

 

 

 承認欲求という病から抜け出すべし!というメッセージが詰まった本。著者の別の本を読んで論理的には納得できても感情的に納得できない=西洋文明を相対化できない人には良き入門書となるのではなかろうか。

 

 

バルセロナ、秘数3 (中公文庫)

バルセロナ、秘数3 (中公文庫)

 

 

 

 

 

純粋な自然の贈与 (講談社学術文庫)

純粋な自然の贈与 (講談社学術文庫)

 

 

 

 

新版 はじまりのレーニン (岩波現代文庫)

新版 はじまりのレーニン (岩波現代文庫)