コタール症候群、認知症、身体完全同一性障害(BIID)、統合失調症、離人症、自閉症スペクトラム障害、自己像幻視、恍惚てんかんといった疾病/障害/症状を脳神経学や精神医学、そして哲学的に考察したエッセイ調な翻訳書。あまりにもお粗末な超訳的タイトルや章立てに目をつぶれば、著者による多岐に渡る取材の成果と思考の枝葉が盛り込まれている。
本書で取り上げられる様々な症状に共通する要素をあえて取り出せば、それは「自己の喪失」となるだろう。
私たちは生きていくうえで多様な
・内的感覚
・外的感覚
・意識や思考
の各断片が発生する。
それらは
・自己の内的感覚によって
・自己の外的感覚によって
・自己の意識や思考によって
知覚され認識された経験として、その(知覚主体としての)原因の帰属先を自己であると理解し納得している。
もしこれらの経験の原因の帰属先を自己であると判断できなければどうなるか?
・自己の内的感覚では実感できないこの手足を自己の手足と認識することはできず
・自己の外的感覚として捉えられない視覚情報や聴覚情報は他者由来であり
・自己の意識や思考がつかみとれないゆえに他人の感情を推測できない
といったことが起こると予測されるのである。
もちろん上記のまとめは大雑把であり、この書の表面上をすくい取っただけにすぎない。
以下3つの統合失調症に関する抜き書き↓
研究チームは、〜実験を行なった。すると左手をさわるのが自分でも他人でも、くすぐったいような気持ちよさを強烈に感じることがわかった。つまり統合失調症患者は、自分で自分をくすぐることができるのだ。(p144)
統合失調症患者は自己主体感覚が持ちにくく、それを補うために自己主体判断に頼ろうとする。後者のよりどころは、視覚フィードバックなどの外的要因なので、自分自身のことなのに、まるで外から経験したような感覚になるのだ。(p146)
決めたのは自分ではないのだから、責任は別の誰かにあるはず。「意味を知りたいというのは自然な探究心でしょう。わが身に起こったことの説明がほしいと誰しも思うはず。だから敵がいるとか、陰謀だとかいったことになるのです。」それが妄想にとりつかれるということだ。(p147)
以下長めの自閉症に関する抜き書き↓
まだ予備的証拠の段階ではあるが、自閉症では他者の心の予測だけではなく、自らの身体や身体状態の感知もできない可能性がある。行動上の問題、ひいては精神的な問題と思われてきたことが、実は身体自己意識の混乱に端を発しているかもしれないのだ。自閉症児が自分の身体をきちんと感じて、明確な身体知覚を形成できるようになれば、行動面にも変化が起きるかもしれない。
このように、脳、身体、精神はつながったひとつの連続体だという考えかたは、ほかの病気でも役に立つ。たとえば自分の身体や情動が自分のものに思えない離人症性障害では、テニスやジャズドラムなどで身体に注意を持続させているあいだには、症状が軽減される。離人症のような「精神面」の問題が、身体とつながっている証拠だ。(p313)